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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)49号 判決 1960年3月15日

原告 東京燐寸工業株式会社

被告 大和燐寸株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十六年抗告審判第六五五号事件及び同第六五六号事件について昭和二十九年九月三十日にした各審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

一、原告は別紙第一として表示した構成の登録第三九〇三四九号の商標権を有し、右商標をこれと類似する別紙第二として表示した構成の標章と共に商品燐寸に使用している。然るに被告は自己が権利者たる別紙第三として表示した構成の登録第七三七八九号商標及び同第四として表示した構成の登録第八七九六四号商標と要部を同一にし、且その図形の右肩上に「丸」の字、左肩上に「鶴」の字を配して成る別紙第五として表示した構成の標章を原告の右登録商標及び標章の使用後故意に商品燐寸につき使用しているが、このことは商標権者が故意にその登録商標に商品の誤認又は混同を生ぜしめる虞のある附記変更をして使用する場合に該当するので、原告は商標法第十五条第一項により、昭和二十六年三月十二日に右登録第七三七八九号及び第八七九六四号商標につきその登録取消の審判請求をしたところ、同年八月八日いずれも右請求人の申立は成り立たない旨の審決がされ、原告はこれについてそれぞれ抗告審判請求をし、同事件は特許庁昭和二十六年抗告審判第六五五号及び第六五六号事件として審理され、昭和二十九年九月三十日に右各抗告審判請求は成り立たない旨の審決がされた。

二、右各抗告審判の審決は誤つた判断に基いてされた違法のものである。即ち右各審決理由の要旨とするところは、原告の前記登録第三九〇三四九号商標は先登録に係る被告の前記両登録商標に類似し、指定商品も同一であるから、商標法第十六条第一項第一号の規定に違反してなされた瑕疵のある登録であり、また、これと称呼観念を同じくする別紙第二の商標も被告の各登録商標に類似し、使用する商品も牴触するから、その権利範囲に属し、しかも被告の各登録商標の登録後に使用したものであることが明らかであるから、これらの原告の両引用例は商標法第十五条の保護をされ得る他人の対象商標となし得ないものであつて、これをもつてしては被告の両登録商標の登録を取り消すべき理由がない、というにあるところ、被告の前記登録第七三七八九号及び第八七九六四号各商標(以下本件両商標と称する。)と原告の前記登録第三九〇三四九号商標(以下引用商標と称する。)とを比較するに、

(イ)  本件両商標と引用商標とは、その構成が顕著に相違し、従つて外観上非類似なることが明らかである。

(ロ)  称呼上後者は「マルツル」とのみ称呼されるに対し、前者はその態様から見てこれを「クモツル」と称呼するのが自然である。審決は前者の称呼が「ツルマル」であるとし、又被告は別紙第五として表示してある通り「鶴」及び「丸」の字を本件両商標に故意に挿入したものを使用して「ツルマル」の称呼を生ぜしめているけれども、「鶴丸」の紋章は紋章学上舞鶴、立鶴等と共に、鶴の形状を以て成る紋章の分類の一の総括名称であり、その内に更に一羽鶴、二羽鶴等数種のものが存するが、これ等数種のものにはそれぞれの特徴があり、一般世人が舞鶴、立鶴等と区別するときには「鶴丸」と一括して称呼することもあるが、鶴丸の範疇に属するものの間では、更に一羽のもので降鶴丸、佐伯鶴丸、鳥居鶴丸等、それぞれ判然と固有名称の下に区別されており、従つて鶴丸の紋章が俗に「マルツル」と呼ばれることは絶対にない。又円の中に鶴丸を画いて成る紋章は「丸鶴丸」と称呼されていることは周知であるから、この点から見ても単に一羽の鶴から成る鶴丸の紋章は決して「マルツル」と称呼されないことが明らかである。

尚審決は「マルツル」と「ツルマル」とは「ツル」の部分と「マル」の部分を顛倒した徴差があるにすぎないとしているけれども、人の氏姓を例にとつても、「村松」と「松村」とは、その「村」の部分と「松」の部分を顛倒したに過ぎないものであるが、全然別個の特定の自然人を指称するものであつて、称呼上異つていることが明らかであり、これと同様「マルツル」と「ツルマル」も称呼上異つていると解すべきである。

(ハ)  観念の点につき、引用商標は「丸鶴」であるが、このような鶴の種類もなく、紋章もなく、このようなものは古来文字として存在しないから不存在の事物であり、即ち「丸鶴」は観念のない文字である。これに対し本件両商標は雲鶴即ち雲の上に乗つた鶴であることを一見直ちに観念し得るから引用商標と本件両商標とは観念上も相紛わしいものではない。

尚本件両商標は登録第四二〇五八号商標と連合の商標としては登録されたものであるところ、基本の商標たる右登録第四二〇五八号商標の構図には漢字体で「雲鶴火柴」と「クモツル」の称呼が明記されており、又被告が本件登録第八七九六四号商標を施し、実際に使用した標章ではその構図の左右両端を短冊形に区分し、その角を丸めて楕円形とし、右側楕円形内に極めて顛著に「雲鶴火柴」とその称呼を漢字体で明確に表現し、これを「雲鶴」とのみ称呼して取引し、又その後右登録第八七九六四号商標の上辺左右に「白ツル」又は「黄ツル」の文字を附記挿入し、夫々「白ツル」又は「黄ツル」と称呼して取引して来たけれども、被告が本件両商標を「ツルマル」又は「マルツル」と称呼して使用したことはなく、以上の事実に照らしても、本件両商標の称呼及び観念が「雲鶴」であつて、鶴丸又は丸鶴でないことが明らかである。

(ニ)  もし本件両商標が審決のいうように鶴丸の紋章に相当するとすれば、紋章は古来家紋として使用され、それが漸次営業用の目印として使用され、商品にまで使用されるに至つているから、自他商品識別の標章たるに必要な特別顕著性を欠き、従つて商標として登録を許されるべきでないのに、本件両商標が現に登録されているのは、それが紋章の「鶴丸」で構成されたものでないことを示すものである。

これを要するに本件両商標と引用商標とはその称呼観念を異にする非類似のものであつて、審決が引用商標が先登録の本件両商標と類似し、その指定商品も同一であるから、その登録は商標法第十六条第一項第一号に違反した瑕疵のあるものであつて、同法第十五条第一項による保護を受け得られないものとして、本件登録取消請求を排斥したのは誤つている。

三、よつて原告は本件各審決の取消を求める為本訴に及んだ。

四、なお、被告主張二の各事実中、被告会社の前身が岡田兼治の個人経営であつたということは知らないが、同人が昭和四年頃より「ツル丸」の文字を附記した商標を使用して、鹿児島地方に主力をおき全国各地にこれを附した商品を販売していたということ、その他原告の従前主張に反する事実を否認する。

と述べ、

被告訴訟代理人は事実の答弁として、

原告の請求原因一の事実中原告が引用登録商標の、被告が本件両商標の各権利者であつて、引用登録商標が別紙第一として表示された通りのものであり、本件登録第七三七八九号商標が同第三として、登録第八七九六四号商標が同第四として各表示された通りのものであること、被告はまた別紙第五として表示した構成の標章をおそくも原告主張の頃には商品燐寸に使用していること、及び本件両商標につき原告主張通りの登録取消審判請求、これに対する審決、抗告審判請求及びこれに対する審決があつたことは認める。

同二の主張につき、

本件両商標では要部たる紋章の鶴丸の羽毛の周囲下部の雲の図が恰も羽毛の一部がはみ出しているような態様で鶴と同一色で描かれてあるから、その存在がさだかでない。従つてこの雲の図は周知の紋章鶴丸に完全に吸収され、右商標からは自然鶴丸の称呼観念のみが生ずるから、この鶴丸の登録商標の肩部にその称呼なる鶴丸の文字を挿入して使用することは自然であり、このような挿入の結果、引用商標との間に商品の誤認混同を生ずることはない。

又被告が別紙第五として表示してあるように「鶴」「丸」の文字を挿入した商標の使用を開始したのは昭和二十三年九月であつて、原告が引用商標の登録を出願した昭和二十四年四月十二日の以前に属するから、被告がこの未だ生れていない商標と混同誤認を生ぜしめる恐れある附記又は変更をして使用することはあり得ない。

而して鶴の丸いのは丸い鶴であるから、審決のいう通り引用商標は本件両商標と相類似しているものと解すべきである。この点につき原告のいう通り松村と村松とは自然人の姓に用いたときは別個の人格者を表示するけれども同一商品に用いた場合には松村印と村松印とは文字を顛倒した差があるにすぎず、離隔的観察上彼此混同誤認を来たす恐れがあり、特に本件両商標と引用商標の場合のように、両者が共に鶴の観念を有しているときは一層その類似性が大であり、又「ツルマツ」でも「マルツル」でも、極めて印象的な舌を廻転する発音なる「ル」が同位置に配されているから、右の称呼部分の顛倒による差異の点を除いて考えても、両者は称呼上類似していることが明らかである。尚燐寸の商標ではこれに使用する文字は横書するのが普通であり、これを左右いずれからでも読み始める者が多く、この点から見ても、「ツルマル」と「マルツル」程度の称呼を顛倒した商標は当然類似のものと解すべきである。

原告のいう通り本件両商標から「雲鶴」の称呼観念が生ずるとしても、これが為に同商標から「マルツル」又は「ツルマル」の称呼観念が生ずることに変りはなく、右「雲鶴」の称呼観念の有無は本件に影響はない。

商標法上鶴丸のような普通の紋章について商標としての登録を許さない趣旨の規定はなく、又紋章が商品の取引上普通に使用されているとは全く認められないから、紋章なるが故に自他商品の標識たるに必要な特別顕著性がないとする原告の主張は失当であるばかりでなく、本件両商標は登録後すでに約四十年経過し、現在特別顕著性がないというような理由を以てその効力を争うことは許されなくなつているから、この理由によつても原告の右主張は理由のないものである。

二、なお、被告の本件両登録商標を附した商品は、被告の前々身野田合名会社時代より、中国向輸出製品の称呼として使用した雲鶴、仙鶴とは別に、国内向として鶴丸と称呼して取引されており、特に被告の前身岡田兼治の時代である昭和四年頃よりは、これに「ツル丸」の文字を附記して使用し、これを附した商品を鹿児島地方(鶴丸城が所在する。)に主力をおき、全国各地に販売し来つたものである。原告は、被告の主力販売地なる鹿児島地方において、被告の右商標と類似の商標ならば売れることに目をつけ、引用の各商標を出願、昭和二十五年九月より丸鶴の標章を附した商品を売り込んできて、被告の市場を荒し始めたのである。これによつて明白なように、誤認混同の虞のある商標を故意に使用し始めたのは原告のほうであつて、被告のほうにかゝる故意は時間的にもあり得ようはずがない。

しかのみならず、原告は昭和三十年十月二十日に燐寸業を廃業しており、すでにこの点において本件審判の取消を求むべき利益を失つている。

と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因一の事実中原告が引用登録商標の、被告が本件両商標の各権利者であつて、引用登録商標が別紙第一として表示された通りのものであり、登録第七三七八九号商標が同第三として、登録第八七九六四号商標が同第四として表示された通りのものであること、被告がまた右両登録商標と要部を同一にし、その図形の右肩上に「丸」、左肩上に「鶴」の文字を附記して成る別紙第五の標章をおそくも原告主張の頃には商品燐寸につき使用していること及び本件両商標につき原告主張の通りの登録取消審判請求、これに対する審決、抗告審判請求及びこれに対する審決があつたこと、は被告の認めるところであり、また本件抗告審判の各審決はその理由として、引用登録商標が先登録に係る本件各登録商標に類似し、指定商品が同一であるから、引用商標の登録は商標法第十六条第一項第一号に違反してされた瑕疵のあるものであり、又これと称呼観念を同じくする別紙表示の第二の標章も本件両商標の権利範囲に属するから、いずれも商標法第十五条所定の保護の対象となり得ないものとしていることは、被告の明らかに争わないところである。

さて、成立に争のない甲第三号証の一によれば、登録第七三七八九号商標は旧第五十四類摺附木(現行第五十四類燐寸に同じ)を指定商品とし、大正四年一月十五日に登録出願され、同年二月九日に登録され、昭和九年十一月二十四日存続期間更新がされたものであることが認められ、別表第三として表示された同商標を見るに、その構成は横長方形の二重の輪廓内に更に二重の横長の略楕円形の輪廓を描き、この楕円形の輪廓はその左右両端を内方に捲き込んだような形とし、その内部の地には横の平行細線を施し、これに首を稍右に向けて正面に向つた一羽の丹頂鶴が両翼を拡げて上に掲げ、右丹頂鶴全体の形が円形となるようにし、尚丹頂鶴の両側及び下側に亘つて雲の図を配し、以上の丹頂鶴と雲の全体の図が略楕円形になるようにしたものを、前記楕円形の輪廓内の大部分を占めるように配し、尚右楕円形輪廓内の鶴の左上部には「TRADE」、右上部には「MARK」と細字で附記し、又内外輪廓間の四隅に夫々「BEST」「MATCH」「MADE IN」「JAPAN」と隈から中央に行くに従つて漸次小さい字を配列するように附記して成るものであると認められる。又成立に争のない甲第三号証の二によれば、登録第八七九六四号商標は旧第五十四類摺附木(現行第五十四類燐寸)を指定商品として大正六年六月十二日に登録出願され、同年九月十一日に登録され、昭和十二年二月十五日に存続期間更新登録がされた着色限定のものであることが認められ、別紙第四として表示された同商標を見るに、その構成は白地に赤色の太い線で描いた横長方形の輪廓内に、更にこれと接して黒色の細い線で描いた横長方形の輪廓を重ね、その内部を左右両端には縦に細長い短冊形の部分、中央には稍々横に長い長方形の部分ができるように、縦の二本の黒線で区劃し、右中央の横長方形内に一杯に赤色地に白抜きで首を稍々右に向けて正面に向つた丹頂鶴が両翼を開いて左右から上方へ揚げ、両翼の先端が殆ど触れる位に接近し、全体として円形となるようにしたものを描き、尚右鶴の図形の左右両側から下方にかけて雲の模様で囲み、鶴の頂部を赤色にし、又左右の短冊形の部分は赤色の地を細く周囲に残して黒色に塗りつぶし、向つて右の方の黒色部分には「上等細軸」の文字、向つて左方の同部分には「徳用燐寸」の文字をそれぞれ白抜きにして顕出して成るものであることが認められる。

而して被告が別紙第五として表示した標章をおそくも原告の各商標使用の後には商品燐寸に使用していることは当事者間に争のないところであり、別紙表示の右標章を見るに、その構成は白地に横長方形の輪廓を赤色太線で描き、その中に上部には下辺は中高曲線、その他の各辺は直線の、下部には各辺直線の狭い横長の青色部分を設け、中央に首を稍々右に向け正面に向つた一羽の丹頂鶴が両翼を開いて左右から上方に揚げ、両翼の先端が殆ど触れる位に接近し、全体が円形となるようにしたものを描き、鶴の左右両側から下方にかけて雲の模様で囲み、尚右の鶴及び雲の図はすべて青線で描き、右図の上下を夫々前記の上下の青色部分にはみ出させ、右中央部の地は丹頂鶴の頭部と共に赤色とし、右赤色地の左上隅には「鶴」、同右上隅には「丸」の各地を白抜きにし、又前記上部の青色部分には「SAFETYMATCHES」と、下部の青色部分には「大和燐寸株式会社」と夫々白抜にしてあらわして成るものと認められ、これを本件両商標と比較するに、輪廓部分及びその附記部分が異る外、前記「鶴」及び「丸」の字を記入してある点で本件両商標に附記変更を加えたものと解することができる。

次に成立に争のない乙第二十一号証によれば、審決引用の登録第三九〇三四九号商標は第五十四類燐寸を指定商品として昭和二十四年四月十二日登録出願され、昭和二十五年三月十三日出願公告され、同年八月二十四日登録されたものであることが認められ、別紙に第一として表示された同商標を見るに、行書体に近い楷書体で「丸鶴」の二字を縦書して成るものということができる。

原告は、別紙第五の標章は被告がその本件両登録商標につき故意に原告の前記各商標を附した商品と誤認又は混同を生ぜしめる虞のある附記変更をして使用したものであると主張して、被告の両登録商標の取消を求めるのであるが、被告の本件両商標は原告の引用登録商標の登録出願の前から登録されているものであることは、前記の通りであり、また原告がその登録商標と共に使用していると主張する別紙第二に表示する構成の標章の使用も亦被告の両商標登録に後れてされているものであること、弁論の全趣旨に徴して明らかであるところ、被告の右両登録商標とも、その構成上、丹頂鶴が最も顕著に描かれてあつて人目を引き、かつその形状が全体として円形となるように描かれてあるため、一般世人がこれを一見した場合、「マルツル」又は「マルツル」の称呼を生ずるのが最も自然と解せられる。(当庁昭和二十九年(行ナ)第五一号、第五二号各判決参照)。しかも、真正の成立を認め得べき乙第二十号証によれば、被告会社がその使用する商標について鶴丸、或いはツル丸、ツルマル等の文字を付して使用し始めた時期は昭和四年頃よりである事実が明らかである。(これに牴触する甲第二号証の九の記載内容は信用しがたい。)してみれば、被告が別紙第五に表示する構成を有する標章そのものを使用し始めた時期はこれを明らかにすることができないとしても、被告がその前記両登録商標に、その自然の称呼であり、かつすでにこれらの商標に附記して使用していた文字と同一称呼である「鶴丸」の文字を附記して使用することは、故意に商品の誤認混同を生ぜしめる虞のある附記変更をしたものということはできず、したがつて商標法第十五条第一項により被告の両登録商標の取消を求める原告の請求を排斥した本件各審決は結局相当であるとせざるを得ない。

よつて、爾余の争点につき審究するまでもなく、本件各審決の取消を求める原告の請求を理由がないものと認め、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)

別紙第一~五<省略>

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